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京都府城陽市・大蓮寺

城陽市・大蓮寺(だいれんじ)

*青木昆陽(あおきこんよう)「甘藷先生」

甘藷(かんしょ)を研究した蘭学の開祖、青木昆陽(あおきこんよう)は江戸時代を代表する儒者・蘭学者です。出生については、1698年江戸の日本橋で魚問屋の1人息子として生まれました。などいろいろな説がありますが、定説がありません。元禄11年(1698)に生まれ22歳の時、京都堀川の伊藤東涯(いとうとうがい)「江戸時代中期の儒学者」に師事し古義学(こぎがく)「江戸時代の儒学の一つ」を学んでいます。今から270年ほど前、薩摩の国から甘藷を取り寄せそれを「さつまいも」の名前で関東に広めた人物です。

その後、八代・将軍「徳川吉宗の命により37歳のころ蕃薯考(ばんしょこう)「享保20年(1735)に書いたさつま芋奨励の小冊子」を著し甘薯栽培の効用を解き、後世に甘藷先生・芋神さまと呼ばれ幕府の威信をかけた甘藷栽培の立役者として活躍した。

*徳川吉宗(とくがわよしむね)「1684〜1751」暴れん坊将軍として有名な江戸幕府・八代将軍です。「享保の改革」で財政再建に尽力し、新田開発や倹約令などを断行しました

*大蓮寺 嶋利兵衛(しまりへい)の碑

江戸時代の宝暦年間に長池で薬問屋を営む「嶋利兵衛」が、壱岐の島で甘藷の栽培方法を学びそれを寺田地域の農民に広めて富野・寺田地区でさつま芋の栽培が始められました。その中でも木津川の氾濫で出来た寺田地区の荒州(砂地の畑)で作った芋が美味しいと評判となった物が「寺田いも」と呼ばれました。

*嶋利兵衛(しまりへい)江戸時代に南山城地域にサツマイモの栽培方法を広めた人物です、城陽に育った子供なら幼稚園のイモほりや小学校の授業て学びます

*大蓮寺 助郷(すけごう)の碑

助郷(すけごう)は日本の労働課役の一形態で、江戸時代に徳川幕府が諸海道の宿場の保護・人足や馬の補充を目的として、宿場周辺の村落に課した夫役のことです。また、夫役の対象となった村を指してこのように言われた。

基本情報

所在地 京都府城陽市長池北清水115

アクセス JR奈良線長池駅 徒歩約6分

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