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京都府城陽市・市辺天満神社

*市辺天満神社(いちのべてんまんじんじゃ)菅原道真(すがわらみちざね)を祭神とする境内に菅原道真の歌が刻まれた石が存在します。

「東風吹かば 匂ひをこせよ 梅の花 主なしとて 春な忘れそ」

菅原道真(845ー903年)は、平安時代の学者、詩人であり、忠臣でもありました。しかし「藤原時平」(平安時代の高官)によって太宰府に左遷されます。死後は、怨霊となり「清涼殿落雷事件」(平安時代の延長8年6月26日に清涼殿に落雷した事件)などで日本三大怨霊の一人とされましたが、のちに天満天神として信仰を集め、現在は、「学問の神様」として親しまれています

市辺天満神社の創建は、不明ですが、平安時代には、すでに存在していたと伝えられています。鎌倉時代には、「源頼朝」(鎌倉幕府・初代将軍)が戦勝祈願のために参拝したと伝えられ、室町時代には、「足利義満」(室町幕府第3代・征夷大将軍)が社殿を再建し江戸時代には、「徳川家康」(戦国時代を終わらせて江戸幕府を開いた人物)が社領を寄進しました。明治時代に神仏分離令により、神社と変わりました。

市辺天満神社の本殿は、慶長11年(1606)に建築されたと伝えられています。小ぶりながら檜皮葺 ひわだぶき(屋根葺き手法の一つで檜(ひのき)の樹皮を用いて施工される日本古来から伝わる伝統的手法)で一間流造 桃山時代の装飾と古い手法を併せもつ「桃山時代」の本格的な造りです。

新見神社と本殿と細やかな部分が似ており建築年代も近いと言われており、覆屋(おおいや)「社殿を保護する為の建物」で守られています。住所が市辺城下という事で、城下ということは、近くに城があったということが想起されます。

*市辺城 城陽市のJR奈良線「山城青谷駅」東側の丘陵地帯が城跡として推定地とされていますが、現在は私有地になっており詳細は、見学できません。

市辺地の歴史は、南北朝時代(14世紀半ばから末までの50年間の南北朝内乱の時代)の城主とされる、松井氏とされていますが、古来、市辺集落は、交通の要衝だったそうですが、この近くには、同時期に「中城」もあったとされ軍事的にも交通の要所としても重要視されている場所でした。

例祭は、毎年10月16日に行われます。神輿渡御や獅子舞、太鼓の奉納など、さまざまなイベントや催し物が開催されます。

・神輿渡御    例祭のメインイベントです。氏子たちが担ぐ神輿が神社の周辺を練り歩きます

・獅子舞     獅子舞は、悪魔をはらい福を招く神事です

・太鼓の奉納   神社に太鼓を奉納し五穀豊壌や無病息災を祈願します

基本情報

・ご神祭 菅原道真

・ご利益 学業成就、厄除け、商売繁盛

・開門時間 参拝自由

・住所 京都府城陽市市辺城下88

・旧国郡 山城国久世郡市辺村

・アクセス JR奈良線 JR山城青谷駅 下車約徒歩9分

・パーキング 専用の駐車場は、ありません

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